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「金木犀と共に」

阪神・淡路大震災で亡くなった中学生とその親友および中学生の妹の作文です。毎日を大切に生きようとしている姿は、命の大切さをあらためて私たちに訴えかけています。

金木犀

1994年度 神戸市立中学校生徒作文集『花時計』掲載作品
中学一年男子N君の作文

ぼくの家の庭には一本の金木犀があります。この金木犀は、ぼくが生まれる十何年も前から立っているそうです。最近は、あまり虫や鳥も来なくなりましたが、昔はよく、セミやいろいろな鳥が、集まってきました。
祖母が言うには、この金木犀は買ってきた時、足もとぐらいの苗木だったそうです。この話を聞くまでは、ぼくはあまり金木犀に興味がありませんでした。毎日見ているせいか、成長しているのがあまりはっきりわからないくらいでした。でも、たった二十年ちょっとで家と同じ高さにまで成長したことを考えると、植物が成長するのはとても早いものだということを知らされたような気がします。そして、今もぼくが成長すると共に金木犀も少しずつ成長しているのだということがわかりました。
この金木犀は九月の末ごろに花を咲かせ、いい香りを放ちます。もうすぐ、この金木犀の美しい花を見たり、花のいい香りをかいだりすることができると思えば、秋が待ち遠しくなってきます。
この金木犀は、ぼくが生まれた時から十二年間、ずっと見守ってくれていたように思います。それを、今ごろ気づくというのは、少しはずかしい気がしますが、気づいてよかったと思います。もし、ただ立っているだけではなく、ぼくと共に成長しているということを気づかなければ、ぼくは金木犀のことを気にもかけずに大人になり、そのままこの世を去っていたと思います。それは、とても寂しいことです。なぜなら、この世を去る時、思い出の中に金木犀がないのですから。
ぼくが大人になり、悲しい時うれしい時、折にふれて、この金木犀と共に成長していったことを、思い出せるような気がします。

1997年 N君の同級生が書いた卒業前の作文

彼の「夢」をかなえるために

あの恐怖の大震災から二年がたとうとしている。死者六千人という大震災。その死者の中に、悲しいことに親友のN君がいた。父が新聞を見ていたときに、たまたまみつけたのだった。信じられなかった。信じようとしなかった。同姓同名の人がいるんだ、新聞社の何かのまちがいだとずっと父に言っていた。しかし、そんな思いもむなしく、彼が死んだという情報を得てしまった。辛かった、悲しかった、嫌だった。自分の席の隣にいた親友が、いなくなったんだと思うとやりきれなくなった。
僕はこう思う。彼は身体がなくても、心がなくても、今ごろ天国で「夢」を追いかけているはずだ。彼の夢は医者だった。天国で、僕たち三年生のように受験をひかえているだろう。どんな高校、どんな専門学校に行こうと思っているかわからないが、医者という「夢」に向けてがんばっている姿が目に浮かぶ。そんな彼をみならって、僕も受験に合格したい。彼は、震災前、「必ず○○○○高校にいく」と言っていた。もう保護者会でその高校に行けると天国で、先生に言われただろうか。
いくら身体や心がなくても彼の「夢」の1%でもいいからかなえられるようにがんばっていきたい。そのために、101%の力を出して精一杯努力したい。

2000年 「阪神・淡路大震災犠牲者神戸市追悼式」遺族代表あいさつより、N君の妹の作文

金木犀を見るたびに

今日一月十七日で、あの日からもう五年がたちました。私はあの震災で兄を亡くしました。兄は中学一年生、私は小学四年生でした。あの日の朝、突然の大きな衝撃の後、私の上に何か重いものがのしかかってきて、身体を動かすことができなくなりました。何が起こったのかわからず、まわりも真っ暗で、急に怖くなってきました。その時、誰かの手が私の手をしっかりと握りました。兄でした。兄は私の隣で寝ていて、やはり動けない様子でしたが、私は兄のぬくもりで少し不安がやわらいだような気がしました。それから何時間かして、壊れた家から掘り出された時、兄は気を失っているような様子で、すぐ病院に運ばれました。手はあたたかく、安らかな顔をしていました。夕方近く近所の人と避難した小学校で兄の死を知らされました。私はお兄さん子で、どこへ行く時にも後について離れませんでした。けんかもしましたが、兄はよく面倒を見てくれました。一緒に住んでいる祖母は足が不自由なのですが、兄は祖母の世話もよくしていました。将来は医者になって、からだの不自由なお年寄りを助けたいと言っていました。やさしい兄でした。震災からこれまで、兄の事を思いながら、私たち家族は励まし合って生活してきました。これまでの五年間、私は一生懸命頑張ることの大切さ、前向きに生きることの大切さを教えらたような気がします。そして、これからもこの気持ちを持ち続けようと思います。あの震災では、たくさんの人が亡くなりましたが、亡くなられた人たちは、残された私たちが一生懸命生きていくことを望んでいると思います。そして、その姿を天国から見守ってくれていると思います。
わたしの家には、金木犀が植えられています。兄は亡くなる前、金木犀の成長に伴って、自分の背丈も伸びるということを作文にしたことがありました。震災で植え替えられましたが、苗木から今、私の背丈ぐらいの高さになっています。この金木犀を見るたびに、兄が近くで見守ってくれているような気がします。(途中省略)

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